この記事は30代の男性に書いていただきました。
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痛風や高尿酸血症の要因としては、遺伝と生活環境の二つがあるそうです。私の場合、遺伝的要因のほうは親兄弟を見たかぎり、たぶんないであろうと思います。
サラリーマンの30代の私には、生活環境的要因は食生活や飲酒、ストレスすべてが当てはまっていました。そして、痛風のなんたるかも知らない私が33歳のあるときに、右足の親指が妙に痛みだしたのです。
最初はゴルフのやりすぎくらいに考えていました。けれども、二、三日経っても痛みは引きません。近くの病院を受診したら「痛風かも?」ということで、痛み止めを処方されました。そして、医師から控えるべき食品の一覧表を渡されました。
しばらくはアルコールも控えて大人しくしていたら、痛みはそのうちに消えていきました。しかし、その後に半年に1回痛みが出ては消えを繰り返すことになります。
そんな折り、人づてに痛風専門医がいる病院を聞いたので、早速、診てもらいました。その結果、尿酸値が10を超えているとのことです。その先生から「痛風で死んだ人はいないけれど、高尿酸血症で腎臓をやられ人工透析や下手したら死ぬ人も少なくない」と脅かされました。
それからです、ユリノーム(現在はベンズブロマロン)とウラリットを服用し始めたのは。この薬を服用していれば、尿酸値は基準値内で安定しています。ある時、仕事の忙しさにかまけて1か月ほど薬を止めていたら、尿酸値が13にも跳ね上がったことがありました。
痛風友の会
仕事の都合で神戸へ転勤になる際に、そのことを先生に相談しましたら、「痛風友の会」なるものを紹介されました。そして、神戸に居る友の会関係の医者に紹介状を書いてあげよう、と言っていただけたのです。これは助かりました。診察を受けにいった先の医者は、検査などの手間を省いて処方箋を書いてくれたのです。医者通いの煩わしさが減ってずいぶんと助かりました。「痛風友の会」様々です。
痛風友の会は、痛風(及び高尿酸血症)についての正しい知識と、正しい治療のあり方、更には関連する健康問題などを啓発し、正しい理解をして頂く目的で昭和44年に設立された全国規模の患者さんの会です。
- 会誌『痛風』を毎月会員に送付。
- 今年6月で393号になります。
- 痛風講演会の開催
- 主要都市で実施。東京では169回開催
- その他地方開催約50回
- 専門医のいる「痛風協力医療機関」の紹介
- 全国に約120施設
- 痛風に関するあらゆる相談にお答えします。
- テレビ、新聞、雑誌等での啓蒙活動
痛風友の会事務局
〒105‐0001
東京都港区虎ノ門1‐1‐25虎ノ門一丁目ビル
TEL/FAX03(3593)0714
事務局長加藤栄嗣
*電話をいただければ入会資料をいつでもお送りします。「製薬協」より引用
ここの先生は少しお年を召している方ですが、かなりのお話し好きです。ふだんは若先生が主に診察にあたっています。ところが、私が診察を受けに行くと、どういうわけかこの老先生が出てきます。そこで、診察よりも長い時間にわたって、私相手に世間話を始めるのです。そんな折りに聴いた話を今でも記憶しています。
「君ねぇ、どうせ食べてはいかんと言っても、旨いものを止める気はないのだろう。だから、僕は止めやしないよ。しかし、内臓だけはよしなさい。牛や豚の内臓もそうだが、小魚の内臓もダメ。めざしもアタマとワタを外して食べなさいよ」
それ以来、私はいまだにこの老先生の忠告を守っています。内臓類というのは、プリン体が多く含まれていて、痛風にはもっとも悪い部位です。
この後、大阪、名古屋、静岡と転勤や転居をいたしましたが、「痛風友の会」のネットワークのお蔭で、実にスムーズな痛風治療を受けることができました。30年以上にわたって高尿酸血症薬を服用し続けています。この間、例の内臓系の食品を除いて食べ物もアルコールも特段節制した覚えはありません。
「痛風友の会」の会則第1条はこんなふうだったと思います。「この病気は治りません。死ぬまで仲良く付き合っていきましょう」と。私の痛風生活もまさにこの通りです。また、他の痛風患者と自分を比較したとき、私の足の痛みはたいしたことがなかったみたいです。「痛風の痛みはそんなもんじゃない」と、よく軽蔑するように言われたものです。いずれにしても、永い付き合いになっています。
[参考記事]
「痛風歴20年。不真面目な患者生活の全容」
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