はじめに
痛風(つうふう)は、血中の尿酸値が異常に高くなることで発症する関節炎の一種であり、特に男性に多く見られます。激しい関節の痛みや腫れを特徴とし、その主な原因は尿酸の過剰産生または排泄障害による高尿酸血症です。
多くの人が痛風と聞いて思い浮かべるのは、ビールや内臓肉などプリン体を多く含む食品の過剰摂取ですが、現代ではそれに加え、加工食品や清涼飲料水に含まれる糖類や人工甘味料なども関心の対象となっています。
特に近年、カロリー制限や糖質制限ブームとともに、「人工甘味料」の摂取が増えています。しかしこの人工甘味料が、痛風を悪化させる可能性があるのかについては、一般にあまり知られていません。本稿では、人工甘味料と痛風の関係について、最新の研究や医学的知見をもとに詳しく解説します。
人工甘味料とは何か?
人工甘味料とは、糖質を含まず、あるいはごく微量しか含まないにも関わらず、非常に強い甘みを持つ化合物です。代表的な人工甘味料には以下のようなものがあります。
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アスパルテーム(Aspartame)
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サッカリン(Saccharin)
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スクラロース(Sucralose)
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アセスルファムK(Acesulfame K)
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ネオテーム(Neotame)
これらは、清涼飲料水、低カロリー食品、ガム、ダイエット商品などに広く使用されており、一般的に「ゼロカロリー」「ノンシュガー」「糖質ゼロ」などの表示がある製品に含まれていることが多いです。
痛風と尿酸の代謝について
痛風は尿酸の結晶が関節に沈着し、免疫反応を引き起こすことで強い炎症を生じる疾患です。尿酸は、体内でプリン体という物質が分解される過程で生成されます。プリン体は、細胞の核酸の構成要素であるため、内臓肉や魚卵などの高タンパク質食品に多く含まれます。
一般に、尿酸値が7.0mg/dLを超えると高尿酸血症と診断され、9.0mg/dLを超えると痛風発作のリスクが著しく上昇します。したがって、尿酸値を正常範囲内に保つことが痛風予防と治療の基本となります。
人工甘味料と痛風の関係は?
結論から言えば、人工甘味料自体が尿酸値を直接上昇させるという確かな科学的根拠は現在のところ乏しいとされています。すなわち、人工甘味料そのものがプリン体を含んでいるわけではなく、分解されて尿酸になる物質でもありません。
しかし、いくつかの間接的な影響や、人工甘味料と代謝性疾患との関連が指摘されており、それが間接的に痛風のリスクを高める可能性があります。
間接的な影響:代謝症候群との関係
近年の研究では、人工甘味料の継続的な摂取が腸内細菌叢のバランスを乱し、インスリン抵抗性や代謝異常を引き起こす可能性があることが報告されています。これらの変化は、高尿酸血症や痛風のリスク因子と深く関連しています。
1. インスリン抵抗性との関係
人工甘味料が血糖値に直接影響を与えることはないとされていますが、長期的にはインスリン感受性の低下を招く可能性があります。インスリンは尿酸の排泄にも関与しており、インスリン抵抗性が進むと腎臓での尿酸の再吸収が増加し、結果として血中尿酸値が上昇することがあります。
2. 肥満との関係
人工甘味料を用いた食品や飲料は「ダイエット食品」として位置づけられていますが、それにも関わらず摂取者が逆に肥満になる可能性があることが示唆されています。これは「甘い味」が脳を刺激し、満足感を得られないことから食欲が逆に増進し、他の高カロリー食品を摂る傾向にあると考えられているためです。
肥満は痛風の最も強力な危険因子の一つです。体重が増えることで尿酸の産生量が増え、かつ排泄機能が低下することから、人工甘味料による肥満促進が間接的に痛風を悪化させる可能性があります。
清涼飲料水との関係
人工甘味料を含む「ダイエット飲料」は一見、糖質を含まず安全なように見えますが、観察研究では、ダイエット飲料を大量に摂取する人においても、痛風のリスクが高まる傾向が報告されています。
例えば、米国の大規模な疫学研究では、1日に1本以上のダイエット炭酸飲料を飲む人は、痛風発症率が有意に高かったとの報告があります。ただし、この因果関係は完全に証明されているわけではなく、他の生活習慣因子(運動不足、食事全体のバランスなど)も影響していると考えられます。
安全な摂取量とガイドライン
日本を含む多くの国では、人工甘味料の使用は食品添加物として許可されており、厚生労働省やFAO/WHOの合同食品添加物専門家会議(JECFA)によって、各成分ごとの**一日許容摂取量(ADI)**が設定されています。たとえばアスパルテームのADIは、体重1kgあたり40mgとされており、普通の量で摂取している分には健康に悪影響を及ぼすことはないと考えられています。
しかし、ゼロカロリーだからといって無制限に摂取するのは賢明ではありません。痛風の管理の観点からは、人工甘味料よりも、食事全体の質やバランスに注意を払うべきです。
自然由来の甘味料との比較
人工甘味料に代わって、最近では「ステビア」や「エリスリトール」などの自然由来の甘味料が注目されています。これらは血糖値やインスリン、尿酸値に与える影響が少ないとされており、痛風患者にとっても比較的安全な代替手段となり得ます。
ただし、どの甘味料であっても「過剰摂取」は避けるべきであり、味覚を鈍らせないためにも、甘味全体の摂取量を減らすことが長期的には重要です。
結論:人工甘味料は「悪者」ではないが注意は必要
現時点での科学的知見から判断すると、人工甘味料が直接的に尿酸値を上げたり、痛風を悪化させたりする決定的な証拠は存在しません。しかし、代謝異常や肥満との関連、食習慣の乱れを招く可能性がある点を踏まえると、人工甘味料の過剰摂取は間接的に痛風の悪化に関与する可能性があるといえます。
そのため、痛風患者や高尿酸血症の予防を考える人にとっては、「ゼロカロリー」に安易に飛びつくのではなく、食全体の見直し、運動習慣、適正体重の維持といった、総合的な生活習慣の改善こそが重要であると言えるでしょう。
参考文献
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Choi HK, et al. “Fructose-rich beverages and risk of gout in women.” JAMA. 2010.
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Suez J, et al. “Artificial sweeteners induce glucose intolerance by altering the gut microbiota.” Nature. 2014.
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日本痛風・核酸代謝学会「高尿酸血症・痛風の治療ガイドライン」2022年版。
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WHO & FAO: Joint FAO/WHO Expert Committee on Food Additives (JECFA) Evaluation Reports.
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