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痛風歴20年。不真面目な患者生活の全容

この記事は40代後半の男性に書いていただきました。

………
 わたしは現在49歳。初めて痛風の発作を体験してからおよそ20年になります。この間の痛風との付き合いや、感じたことなどを記したいと思います。

 はじめに言わなければならないことは、わたしは決して真面目な患者ではなかったということです。どちらかというと病気ときちんと向き合わない不良患者です。なので、これ以下をお読みになる方は、反面教師としてお読みください。

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発端。発症時は体重が多かったとき

 発症した20年ほど前は体重は80kg以上でした。会社から帰宅途中、歩いていると突然、左膝に激痛が走りました。これが痛風だとは分からず、痛い脚を引きずりながら、一番近くの病院までゆっくり歩きました。診察結果は痛風でした。聞きしに勝る激しい痛さだと思いました。
※肥満と痛風は相関関係がある

20年の不真面目な患者生活

 最初に出された薬はユリノームでした。尿酸の排泄を促進するお薬です。分量は忘れてしまいました。毎日服用して、薬がなくなる前にまた通院して、血液検査を受け、薬をもらう、という生活がはじまりました。真面目に薬さえ飲んでいれば発作は起きませんでした。

 最初は、避けるべき食品についての食事指導もあったと思います。しかし、わたしはこの食事指導に従ったことが一度もありません。プリン体を多く含む食品をすべて避けていたら好きなものが食べられません。なので、レバーやイワシも食べましたしビールも飲みました。医者が書いた「ビールを飲みながらでも痛風は治る」というような文章を読んで勇気づけられたりしました。

 最初は3ヶ月分の薬を貰って、3ヶ月おきに通院していましたが、そのうち、主治医の先生から、薬を半量ずつ飲んで6ヶ月にしていいと言われました。尿酸値も安定し、発作もまったくない状態が続いていたので、そのように言ってくれたのかもしれません。

 薬は途中でユリノームからザイロリックに変わりました。本来、真面目に薬を服用すればすぐに薬はなくなるはずですが、薬をサボるようになってから、ときには2年分の薬が溜まったこともあります。

 さすがに薬をサボり続けると、膝に発作の前兆と思われる違和感が出ました。違和感を感じてすぐに薬を飲めば、発作には至りませんでした。医者には、本体そのような使い方をする薬ではないと言われましたが、適当に聞き流してしまいました。

 薬が切れていたときに、発作の前兆が来て焦ったことも何度かあります。そのときは、水や麦茶などの水分を大量に摂取して、小水から尿酸を排泄するように頑張って、事なきを得ました。

 その後読んだある医師の本では、痛風は大量に水を飲んで尿酸値を管理すれば、薬はいらない病気だと書いてありました。これはさすがにかなりの少数意見だと思いますし、わたしとしては手元にいつでも飲める状態で薬を持っていないと不安です。

 20年の経験から言って、わたしの場合は、まじめにダイエットして体重を低く維持すれば、発作の予兆すらあまり起こらないようです。

薬の個人輸入

 その後、ある事情で病院を移りました。こんどの医者は融通がきかず、薬は3ヶ月分しか出してくれません(法律により3か月が限度ですが、なぜか前の医師は処方してくれました)。

 しかも、真面目に薬を飲んで尿酸値が低い状態で検査を受けたので、症状が改善したと判断され、薬の分量を減らされました。わたしはその頃、仕事のストレスから体重も酒量も増えていて、頻繁に発作の予兆を膝に感じている時期でしたので、薬を減らされて困りました。

 そしてザイロリックが個人輸入できる薬であることを知り、輸入してしまいました。現在、手元にはおそらく何年も持つだろう量の薬があります。20年もの期間、不真面目に痛風と付き合い、薬と付き合ってきましたので、これからもそんな不良患者を続けることと思います。

 ただ、病院で血液検査を受ければ、尿酸値だけでなく肝機能の値も調べてくれるので、健康診断がてら、たまには通院もしようかと思っています。

最後に

 わたしの痛風体験記は以上です。痛風を治そうとしてまじめに治療されている方から見れば怒りを覚える内容だったかもしれません。

 が、一生根治はしないとも言われる病気ですので、案外私のようにいい加減に病気と向き合っている方もいらっしゃるかもしれません。ともあれ、これは反面教師と考えていただいて、真似しないほうがいいと思います。

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