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[痛風体験②]中国人である私の痛風になる前の食事と診断後の食事

この記事は

「[痛風体験①]激痛のためステロイド注射で痛み止め。休職1カ月」

も続きです。

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痛風になる前の食事と診断後の食事

 両親が中国人、生まれも育ちもアメリカで25年間住んでいました。日本に来た時は、25歳でした。それまで、食生活は、両親が中国人なので、家庭料理は基本中国料理、両親と外食時もほとんどが中華料理でした。

 小学校、中学校、高校、大学、すべてアメリカだったので、学校でのランチはカフェテリアに打っているメニューでした。アメリカンな食事が基本になっていたのでハンバーガー、チーズ系などがほとんどでした。食事は、学校でのランチ時は相当な量がありましたが、ほとんど毎日完食、飲みものはいつもコーラでした。コーラもサイズが大きかった記憶があります。

 学校内にはたくさんのジュースとお菓子の自動販売機があり、授業中もジュースを飲むことは許されていたので、1日に最低でも1−2缶のコーラを飲んでいました。自宅でも、コストコで飲みものを買ってくるので、常にコーラは常備されていました。私以外の家族も全員コーラが大好きです。

 友人と食事に行く時は、ピザ、ハンバーガー、パスタが中心でした。当時は、日本食も大好きでしたが、食べていたのは牛丼、照り焼きチキンなどで、お刺身は嫌いでした。

 日本に来てからは新鮮なお刺身を食べるようになり、ウニ、いくら、生しらす、カニ、マグロ、カツオ、アサリ、イワシなどチャンスがあれば食べていました。痛風の診断をもらって以来、ネットで痛風に良くない食べ物を家族で調べたところ、カツオやイワシはプリン体が多いということでなるべく量を減らして食べるようにしています(参考記事「痛風になりやすい食べ物(食品)、なりにくい食べ物」)。

お酒の飲み過ぎ

 21歳を過ぎ、アメリカで飲酒できる年齢になって以来、お酒が大好きになり、特にビールを好んで飲んでいました。痛風になる前は毎日晩酌をしていましたが、記憶をなくすほど飲むことも多かったです。ビール、ウイスキーを中心でしたが、日本に帰国してからは、焼酎が大好きになりました(夏はほとんど毎日ビールを飲んでいましたが)。

 痛風に初めて罹患し、ビールのプリン体が体に良くないと知ってから、1年弱ビールを止めていましたが、ビールの誘惑に負けて「毎日1杯だけ」と決めて飲み始めました。友達や会社の仲間と飲む場合も1日1杯と決めているため、付き合いが悪い奴と思われていたかもしれません(笑)

 また、痛風になってからは習慣になると困るため自宅ではあまり飲まないようにしています。晩食にお酒が習慣だったので、これだと痛風は治らないと思い、飲む場合には外でという決まりを自分で決めました(参考記事「痛風とアルコールの関係」)。

 痛風になるたびに、痛みのある期間とその後1−2か月は自分自身も家族もとても注意するようにしていますが、そのうちに、元の量に戻って食べてしまっています。その積み重ねが、次の痛風を招いてしまっていると自覚しています。

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