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結婚して食事が変わったせいで痛風を発症(実例)

 

この記事は40代の男性に書いていただきました。

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 現在、私は48歳男性です。痛風を初めて発症したのは、38歳の時でした。発症するまでには、健康診断で行なった尿酸値検査に関して医師からの指導もありましたが、痛みが全くありませんでしたので8年の間、完全に無視していました。

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痛風発作が起きた経緯

 30歳の時、職場での定期健康診断において、血清尿酸値が9.6mgの値が出て再検査となりました。再検査では、血清尿酸値は8.3mgに下がっていました。医師からは痛風の症状が出てからでは遅いから、食生活を見直すようにと毎年指導を受けていました。

 しかしながら、痛風の症状が全く現れず、その後の定期健康診断でも血清尿酸値が8~10mgと高いままでした。友人からは痛風が発症するには個人差があると聞いたことから深く考えていませんでした。

 不幸は突然に現れました。38歳の暑い日の月曜日でした。前日は、社会人野球の練習を午前に行い、午後から家族と買物、そして帰りに外食して帰りました。男3人の子宝にも恵まれており、外食は定番の焼肉です。肉とビールを大ジョッキに3杯頂きました。

 当日は何ともなかったのですが、目覚めると右足親指の付根が赤く腫れあがり、ズキズキした強い痛みを感じました。その時、すぐに「痛風」という言葉が頭に浮かびました。靴下を履こうとしても激痛が走り、とてもじゃないけど会社にはいけません。仕事は休暇をもらい、直ぐに近くの病院に駆け込みました。

 初見で医師に「痛風ですね。血液検査をするまでもありませんが、尿酸値の値によって処置が違うので検査します。」と言われました。血液検査の結果、血清尿酸値が9.8mgであり、その他にも総コレステロール等の数値も高くなっていました。

 まずは、痛みを止めるための「ロキソニン」と尿酸排泄促進薬として「ユリノーム」を処方していただきました。そして、水分を十分に摂取することと野菜中心の食事を取るように指導されました。

 痛みは、数日で取れましたが、右足親指付根の腫れは取れず、今までの革靴では痛みを感じてしまうため、少し大きめの靴を買うことになりました。この靴は今でも痛風発作用の靴として大切にしまってあります(笑)

 もちろん、毎週楽しみにしていた社会人野球の練習もできなくなりました。30才に尿酸値の異常値が出てから、よく8年も痛風を発症をしないで生活できたなと思うと不思議な感じがします。

結婚したことを機に痛風

 なぜ、痛風が起きたかというと私なりに思ったことがあります。私は30才で結婚をしていますが、ここからは今までの食事とは内容がガラッと変わっていたので、健康診断で指摘された時には「食事が変わったせいかな」となんとなく思っていました。

 結婚する前年の健康診断では尿酸値が高いと言われていませんでしたので、丁度結婚生活と尿酸値が上がった時期が重なるのです。結婚するまでは実家で田舎育ちの母親の手料理を食べて暮らしていましたが、芋の煮物、味噌汁、納豆など典型的な日本料理を食べて育ちました。

 4歳年下の妻と結婚をしたことを機に家を出て二人で新しい生活を始めましたが、結婚当時、妻は料理が上手とはいえず、包丁使いが危なっかしい、だしの取り方も分からないから味噌汁も作れない、当然煮物などの健康的な料理も作れない状態でしたので、外食が週に4回ほどありました。

 外食ではカレー、焼肉、カツ丼などあまり健康をイメージできないメニューばかり注文していました(焼肉ではプリン体が多いレバー系も食べていました)。
また、妻が野菜嫌いでしたので、家ではサラダをほとんど食べていませんでした。

 私も私でビールが大好きだったので、カツオのお刺身を食べながら缶ビール500MLを2~3本程飲む生活を毎日送るようになりました。痛風発症後に分かったことですが、カツオのプリン体は魚の中ではトップクラスに多いです(100g当たり211mg)食材100g当たりのプリン体が200mgを超えると高プリン食と呼ばれますので、カツオはそれに当てはまります。そして、ビールにはプリン体が含まれているし、アルコール自体も痛風には良くないと医師から教えてもらいました。

 不健康な生活でしたが、毎日、自転車で駅まで片道20分程走り、休日には野球をしていたのでので、体重が増えることがなかったことも生活改善をしなかった原因の一つです。

痛風後の食生活

 痛風発症後は、生活が大きく変化しました。大好きなビールからプリン体のない焼酎に変更しました。アルコールも痛風には良くないと医師からは聞いているのですが、やはり飲まないとストレスになるのでお酒は止めていません。

 また、私と妻は、外食中心の生活から野菜・豆腐・こんにゃく・白身魚・酢の物等に変わりました。妻が野菜嫌いですので、サラダを食べる機会はあまり無いですが、炒め物にして野菜を多く食べています。母親が作ってくれていた実家のいつものおかずに近いものになっていました。

 妻も反省したのか、料理教室に通って基礎から料理の勉強をしてくれたので、すごく感謝しています。昼食も外食から愛妻弁当に変わり、楽しく食生活を送っています。子供が3人いて将来お金がかかりますので、病気になっては困ると思ったのでしょうか(笑)

痛風後の薬

 発症後、半年は「ユリノーム錠25mg」を2錠を毎食後服用しました。その後、尿酸値も下がってきたので朝夕2錠になりました。発症1年後に引越しを機に、転院した先でジェネリック薬の「ナーカリシン錠25mg」「ベンズマロン錠25mg」と代えながら服用していました。また、急な発作時のため「ロキソニン」も念のため処方してもらい、お守り代わりに携帯していました。

 初めの痛風発作から10年経った今でも痛風は治っていないので、最近では痛風の合併症である尿路結石も経験しました。次回はその時の経験を書きます。

[参考記事]
「痛風の合併症である尿路結石のせいで便器が真っ赤に(実例)」

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