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痛風経験談 原さん編①激痛ではなかった私の痛風発作

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49歳の会社員です。私の場合、痛風だと分かったのは33歳の時です。
年に一度の健康診断の2~3日前、朝起きたら右足の親指の付け根に「突き指をしたような、打撲したような痛み」が出ました。
普段からとても寝相の悪い私は

「寝ている間に打ってしまったのかな?」

と軽く考えていました。
今思えば、それまでにも年に何回か同じような痛みが出ていたような気もします。
3日ほどすると痛みも引いていくので、その度に「寝返りの時に打った」と信じ込んでいたのです。
その時は健康診断の頃には痛みもほぼ治まっていたので問診でも痛みについては全く触れませんでした。

2週間ほどして健康診断の結果が手元に届きました。
なんと尿酸値が10.6でした。
7.0を超えると高尿酸血症と診断されますが、それを軽く超えていたのです。
さっそく診断結果を持って病院へ飛んでいきました。

「痛みはありませんでしたか?」

と医師。

「そう言えば、突き指をしたような痛みが右足の親指に…」

「ああ、それが痛風の発作でしたね。たまにいらっしゃいますよ、痛みが軽い人って」

その時、初めてあの「突き指をしたような、打撲をしたような痛み」が「痛風による痛み」だと分かったのです。
よく「風が当たっても痛いほどの激痛」と言われていますが、私の場合は軽い痛みだったので、自分が痛風になったなんて、ただただ驚くばかりでした。

しかし、痛風の原因の一つは肥満であると医師から教えてもらうと、納得するしかありませんでした。
痛風になった頃の体重は92キロ。
身長が175㎝なので立派な肥満でした。
テレビ番組の制作会社に勤めていたので規則正しい生活とは真逆。
徹夜の日もあれば、昼から出社もあり、深夜に起きて現場に行くこともありました。
ですから食生活はデタラメそのものです。
1日3食という概念はなく、食べられる時に食べる。
好き嫌いはありませんでしたが、外食がほとんどでした。
朝は抜くことが多く、昼はカレーやラーメン(汁も飲み干す)、夜は焼肉(プリン体が多いレバーも)、焼き鳥といった感じです。
タレントの華原朋美さんがラーメンの食べ過ぎで痛風になったと言っていましたが、出汁はプリン体が多く含まれていて痛風には良くないそうです(参考記事「[痛風の予防] プリン体の多い食品は調理(料理)の仕方で減らせる」)。
そして、野菜を全くといっていいほど食べていなこともいけなかったようです。
医師には

「野菜や海藻は尿をアルカリにし、尿酸が排出しやすくなるから食べてください」

と言われました。
そしてお酒は職業上必須のコミュニケーションツールでしたが、アルコールも痛風には良くないと医師からお聞きしました。
レバー、お酒、野菜不足、ラーメンとまさに痛風になって当然という生活習慣でした。

処方された薬は「ユリノーム25mg」と「ウラリット配合錠」という薬でした。
「ユリノーム」は尿酸の排出を促進する薬、「ウラリット」は尿をアルカリにして、体内の尿酸が溶け込みやすくする薬だと説明を受けました。
朝夕の食後毎に各1錠。
それでも尿酸値の下がり幅が小さかったので「ウラリット配合錠」が倍になりました。
つまり朝夕の食後毎に2錠。
現在は「フェブリク40mg」を朝食後に1錠と「ウラリット」を朝夕食後毎に2錠服用しています。

ただ「フェブリク」は1日に1錠だけなので飲み忘れは少ないのですが、「ウラリット」の飲み忘れは多いです。
ただ尿酸値は5前後で安定しているので、飲み忘れをさほど気にしてはいません。
月に1回、血液検査と薬を受け取るために通院しています。
薬を飲み始めてからは、例の「突き指のような痛み」はほとんど出なくなりました。
忙しくて、薬が無くなっているのに病院に行けないまま1週間くらい経っていたということもありますが、大丈夫です。
しかし、薬に頼り過ぎても副作用が恐いですので、長い期間かけて、食と運動に気をつけていこうと決めています。

続きは「痛風経験談 原さん編②痛風発症の半年後に合併症の脂質異常症」

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